大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和54年(ワ)412号 判決 1982年2月10日

原告 東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役 柏木黙二

右訴訟代理人弁護士 藤井郁也

同 戸田満弘

被告 エンプレサ・ナベガシオン・マンビサ

右代表者 ダニエル・ハング・ゴンザレス

日本における代表者 マリオ・ネイラ

右訴訟代理人弁護士 守谷英隆

右同 志水巖

右同 枡本安正

主文

1  被告は、原告に対し、金一億一一四八万七九〇五円およびこれに対する昭和五三年二月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、これを二〇分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

4  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立

一  請求の趣旨

(主位的請求)

1 被告は、原告に対し、金一億一四〇三万七〇九一円およびこれに対する昭和五三年二月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は、被告の負担とする。

3 仮執行宣言。

(予備的請求)

1 被告は、原告に対し、金一億一四〇三万七〇九一円およびこれに対する昭和五三年一月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は、被告の負担とする。

3 仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(主位的請求)

1 原告は、貨物海上保険その他の保険を業とする株式会社であり、被告は、船舶の所有、貨物海上運送等を業とする法人である。

2 訴外キューバ共和国法人キュバッカールは、キューバ国籍貨物船イミアス号の所有者である被告に対し、昭和五二年一二月一八日頃までに、キューバ産遠心分離粗糖一万一四三三トン六三五(メトリックトン。以下同じ、以下本件貨物という。)のキューバ(船積港および各船積港における船積量は別紙船荷証券目録(一)(二)(三)記載のとおり)から、日本の港(後に千葉港と指定された。)までの海上運送を依頼し、被告はこれを承諾した。

被告は、右合意に基き、運賃全額の前払を受け、本件貨物を何ら故障なく、外観上良好な状態で、右イミアス号に船積みした後、右荷送人キュバッカールに対し、別紙船荷証券目録(一)(二)(三)記載の指図式の各船荷証券(以下、本件各船荷証券という。)を交付した。

3 右キュバッカールは、その後、本件貨物を訴外伊藤忠商事株式会社(以下、伊藤忠商事という。)に売渡し、本件各船荷証券を同社に交付し、右伊藤忠商事は更に本件貨物を訴外三菱商事株式会社(以下、三菱商事という。)に売渡し、本件各船荷証券を同社に交付した。

4 訴外明治製糖株式会社(以下、明治製糖という。)は、昭和五二年一一月一六日、三菱商事より本件貨物を買受け、三菱商事が本件各船荷証券の最後の所持人として、同五三年一月二四日、千葉港において、被告から本件貨物の引渡を受けた直後、同社から本件貨物の引渡を受けた。

5 ところで前記イミアス号は、昭和五二年一二月二四日本件貨物全量の船積みを終え、キューバ共和国シェンフェゴス港を出港し、翌五三年一月二四日千葉港に入港した後、直ちに本件貨物揚荷役を開始するため、各船艙のハッチカバーを開けたところ、一番および二番船艙に大量の海水が浸入していることが発見された。

右海水の浸入により、本件貨物は汐濡損を蒙り、その総重量は左記のとおり正品に換算して合計二三〇五トン八四八(溶解による欠減量を含む)におよんだ。

濡重量  正品換算重量

一番船艙 六六四トン四〇五二 六一六トン〇五八

二番船艙 一七一三トン九七七四 一六八六トン五一〇

溶解による欠減量 三トン二八〇

6 本件貨物の右濡損の原因は、前記イミアス号一番船艙左舷側および二番船艙右舷側にある各通風筒(以下、本件通風筒という)が、いずれも発航時から水密性が失われていて、外部からの海水が容易に浸入しうる状態であったこと、および荒天航海中に右本件通風筒に帆布カバーが被覆固縛されていなかったため本件各通風筒から、海水が一番、二番船艙に浸入したことである。

よって、被告は、国際海上物品運送法(以下、法という。)五条一項三号および三条一項により、本件各船荷証券の最終の所持人たる三菱商事に対し、本件貨物汐濡により同商事の蒙った以下の損害を賠償する責任がある。

7 本件貨物汐濡による損害は次のとおりである。

(一) 汐濡粗糖(以下、本件汐濡粗糖という。)および欠減粗糖合計二三〇五トン八四八の損害 金一億〇七七〇万九〇二〇円。

(1) 前記イミアス号が千葉港に入港し、本件貨物が三菱商事に引渡された日である昭和五三年一月二四日当時のキューバ産遠心分離粗糖の正品価格は、日本までの海上運賃、保険料込みでトン当り金五万三九三三円四〇銭であった。従って右汐濡粗糖および欠減粗糖がもし正品で到着していれば、当時少くとも金一億二四三六万二二二二円の交換価値を有していた。

(2) 本件汐濡粗糖は、バクテリア等微生物を殺菌しながら、自然乾燥させたうえ、他の正品の粗糖に少しずつ混合しなければ精製できないうえ、汐濡れした粗糖から塩分を完全に除去し難いことから、製造される砂糖は品質が低く、明治製糖が製造を予定していた清涼飲料水用の高品質砂糖であるグラニュー糖を製造することは不可能であった。

そこで本件汐濡粗糖合計二三〇二トン五六八は、数少い汐濡粗糖の専門業者である甘槽損害貨物株式会社(以下、甘槽損害貨物という。)に対し、金一六六五万三二〇二円で売却された。

従って本件汐濡粗糖および欠減粗糖合計二三〇五トン八四八の損害は、右(1)記載の正品価格金一億二四三六万二二二二円と右売却価額の差額金一億〇七七〇万九〇二〇円を下らない。

(二) 特別荷役費用 金三七七万八八八五円

本件貨物が全て正品で到着した場合に要したであろう荷役費用は金九〇万九八三三円である。

しかるに前記のとおり、本件貨物が大量に海水濡れしていたため正品と損品を仕訳するなどして揚荷役しなければならず、特別費用が加算された結果、本件貨物の揚荷役費用として合計金四六八万八七一八円を支払い、その差額金三七七万八八八五円だけ余分に費用を要した。

(三) 鑑定費用 金八五万円

本件貨物汐濡れの原因、損害貨物の数量および程度等を明らかにするため専門家に依頼した鑑定費用。

(四) 裁判管轄合意書および保証状取得費用 金一六九万九一八六円

本件貨物の汐濡損に基く損害賠償請求権行使のためロンドンにある被告の保険会社たるザ・スチームシップ・ミューチェアル・アンダーライティング・アソシエーション・(バーミュダ)・リミテッド(以下、スチームシップという。)から、被告の代理人として東京地方裁判所を管轄裁判所とすることの同意を取りつけ、本人をして金一億四〇〇〇万円に遅延損害金および弁護士費用を加算した限度額までの支払を保証する保証状の発行を得るために要したロンドンおよび日本の弁護士費用である。

(五) 右(二)ないし(四)記載の各損害についての仮定的主張

仮に、法五条一項三号、三条一項、二〇条三項、商法五八〇条による(二)ないし(四)の損害賠償義務が認められないとしても、

(1) 被告は、本件通風筒がダンパーが錆ついて「開」の状態のまま作動しないなどまったくの整備不良のため完全に水密性が失われていたにもかかわらず、これを知り又は重大な過失により知らず、イミアス号をキューバから出航させたものであって、商法五八一条により右(二)ないし(四)記載の損害についても賠償すべき義務がある。

(2) また、前記被告代理人スチームシップは、昭和五三年二月一六日本件貨物の汐濡れによる損害賠償請求権の取得者に対し、本件貨物汐濡れによる損害のほか、遅延損害金およば弁護士費用を含む諸経費を支払う旨約しており、前記(二)ないし(四)の各費用は、いずれも右諸経費に含まれるから、同様右損害の賠償義務がある。

8 本件各船荷証券の最終の所持人である三菱商事は、被告代理人泉和海運株式会社(以下、泉和海運という。)に対し、遅くとも昭和五三年一月三一日までに到達した同月二七日付書面をもって本件貨物汐濡れによる損害賠償金を支払うよう請求した。

9 右三菱商事は、本件貨物汐濡れによる損害賠償請求権全てを明治製糖に譲渡し、右譲渡の事実を、昭和五三年七月二一日到達の内容証明郵便で被告東京事務所に通知した。

10 原告は、昭和五二年一二月八日ころ、右明治製糖との間で、同社を被保険者とし、本件貨物を保険の目的とする海上貨物保険契約を締結し、昭和五三年三月二四日、右保険契約に基き、同社に対し、本件貨物汐濡損による保険金一億三八三七万四一五七円を支払い、保険代位により右明治製糖が被告に対し有する前記損害賠償請求権全てを取得した。

(予備的請求)

11(一) 請求原因1ないし5、同7および10記載の各事実を予備的請求原因として援用。

(二) 前記7(四)(1)記載のとおり本件貨物の汐濡損の原因は、本件通風筒が著しい整備不良のため水密性が失われ、外部からの海水が容易に浸入しうる状態であったことに加え、イミアス号乗組員が荒天航海において同通風筒に帆布カバーを被覆固縛しなかったため右通風筒から大量の海水が浸入したことにある。

しかして、イミアス号船長および一等航海士は、イミアス号が日本へ向け前記シェンフェゴス港から出港する際、本件通風筒が右のような状態にあったから海水浸入による貨物の濡損防止のため整備を尽すべき注意義務があるのに右状態にあることを知りながら、もしくは知ろうとすれば容易に知り得たにもかかわらず右注意義務を怠り、漫然イミアス号を冬場の北太平洋の航行に向けて出港させ、かつキューバ出航から日本までの航行中、上甲板に波を被るような荒天のあることが予測できたから、これに備え本件通風筒に帆布カバーを被覆固縛して船艙への海水浸入を防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、本件通風筒に帆布カバーをしなかった点に過失がある。仮に帆布カバーをしたが荒天によりそれが裂け飛んだとすれば、帆布カバーの強度それ自体あるいは被覆固縛方法が、イミアス号の遭遇した毎冬見られる程度の風力九程度の荒天に耐えられるものではなかったのであり、いずれにしても船長その他航海士の過失は免れえない。

よって、被告は、イミアス号の所有者として本件貨物所有者たる三菱商事に対し、商法六九〇条により、本件貨物の汐濡による損害を賠償すべき義務がある。

(三) 三菱商事は、昭和五三年一月二七日頃、本件貨物汐濡による不法行為に基く損害賠償請求権全てを明治製糖に譲渡し、右事実を昭和五三年七月三日到達の内容証明郵便で、被告東京事務所に対し通知した。

(結論)

12 よって原告は、被告に対し、主位的に三菱商事と被告との間の海上運送契約の不履行による損害賠償請求権に基き、損害賠償金一億一四〇三万七〇九一円およびこれに対する前記8記載の請求の翌日である昭和五三年二月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を、予備的に商法六九〇条による不法行為に基く損害賠償請求権に基き、損害賠償金一億一四〇三万七〇九一円およびこれに対する損害発生の日である昭和五三年一月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める。

二  仮執行宣言申立に対する訴訟上の被告の主張

被告代理人のスチームシップと荷主間には、請求が契約に基くものであれ、不法行為に基くものであれ、仮執行を許さない旨の特約が存在する。従って、仮に、原告の請求が認容されても、その金銭支払につき仮執行宣言は許されない。

三  請求原因に対する認否

(主位的請求について)

1 請求原因1、2の事実を認める。

2 同3、4の事実は知らない。

3 同5の事実のうち、イミアス号が千葉港に入港した際、一番、二番船艙に海水が浸入していたことが発見され、右各船艙内に積み込まれていた本件貨物が、汐濡損を蒙っていた事実を認め、その余の事実は知らない。

4 同6の事実のうち、イミアス号が航海中、荒天に遭遇した事実を認め、国際海上物品運送法を本訴訟の準拠法とすることは争わないが、その余の事実および主張は争う。

本件貨物の汐濡損は、一番船艙前船首楼上の両舷側通風筒(以下、船首楼通風筒という。)の各傘状頭部が荒天のため吹き飛ばされたこと、および本件通風筒の各頭部を発航時に被覆固縛していた帆布カバーが荒天のため裂け飛ばされ、そのあと荒天のため乗組員が帆布カバーを被覆固縛することができなかったことが原因である。

また、通風筒は通気を確保するため設けられているものであって、もともと水密性を有するものではない。

すなわち、鋼船構造規程三九八条一項は「通風筒ノ開口ニハ風雨密ノ常設閉鎖装置ヲ備フベシ但シLfガ一〇〇米ヲ超ユル船舶ニ在リテハ閉鎖装置ヲ常ニ通風筒ノ近クニシテ容易ニ近寄リ得ル場所ニ格納スル場合ハ之ヲ常設ト為スコトヲ要セズ」と規定しており、イミアス号の全長は一五六・八メートルであるから恒常的な風雨密閉鎖装置は不要である。

5 同7の事実のうち、甘槽損害貨物に本件汐濡粗糖を売却したこと、鑑定人に鑑定を依頼し鑑定費用を要したこと、保証状取得等のため弁護士に依頼し弁護士料を支払ったことは知らないが、その余の事実および主張は争う。

(一) 昭和五三年一月にキューバから日本に輸入された分密糖の総量は、九四三四トンであり、そのCIF価額は合計金三億八七〇五万二〇〇〇円であったから、右一月のキューバ産粗糖の日本における価格は、CIF価額でトン当り金四万一〇二七円五六銭である。

(二) 粗糖の精製は、粗糖に含まれている多様な不純物を取り除き、砂糖の結晶を析出する目的で行れるものであるから、粗糖が通常より水分と塩分を多少多く含んでいたとしても、精製に支障が生じるとか、精製された砂糖の品質に影響を与えるものではなく、現に本件汐濡粗糖も一流精糖会社によってグラニュー糖や上白糖に精製されている。また汐濡損の軽微なものとそうでないものとを区別して処理することも容易であった。従って原告主張の汐濡粗糖の処分価格ないし損害額は極めて不当である。

(三) 同(二)ないし(四)の損害は、法二〇条二項、商法五八〇条により被告に賠償義務はない。

(四) 同(五)の(2)につき、前記スチームシップは、示談金あるいは確定判決による金額の支払を保証しているだけであり、貨物のクレーム、利息、訴訟費用等を支払う旨の特約ではない。

6 同8の事実のうち、三菱商事が泉和海運に対し原告主張の頃積荷の汐濡れの事実を通知したことは認めるが、損害賠償金の支払を請求したことは否認する。

7 同9の事実のうち、三菱商事が原告主張の頃被告に対し譲渡通知をしたことは認めるが、その余の事実は知らない。

8 同10の事実は知らない。

仮に原告主張の事実があったとしても、原告が明治製糖に対し、保険金を支払った昭和五三年三月二四日当時には、三菱商事は、損害賠償請求権の譲渡を被告に対し通知したこともなく、被告が右譲渡につき承諾したこともない。

従って、当時の明治製糖は、被告に対し損害賠償請求をなしうる立場になく、また譲渡通知のなされた昭和五三年七月三日以降明治製糖が右請求権を主張しうるようになったとしても、既に原告の保険代位による権利取得は終っており、原告が新たに権利を取得することも、又遡及的に補正されることもなく、いずれにしても原告が保険代位により、前記請求権を取得する理由はない。

(予備的請求について)

9 同11(一)の事実については各援用個所の認否のとおり、同(二)の事実は否認する。

同(三)の事実のうち、三菱商事が運送品に関する損害賠償請求権を明治製糖に譲渡した旨、昭和五三年七月三日到達の内容証明郵便で、被告に通知したことは認めるが、その余の事実は知らない。

四  抗弁

(主位的請求に対し)

1 堪航能力の保持

被告は、左記のとおり、通風筒に関し堪航能力を保持するよう相当な注意を尽した。従って被告に法五条一項の責任はない。すなわち、

(一) イミアス号の通風筒および他の開口部の状況は、昭和五二年三月二九日キューバのサンチャゴで、ロイズ船級検査員の年次船級検査を受けてこれに合格し、同月三一日には通風筒の帆布カバー一二枚他、通風筒の各種材料が積み込まれた。

(二) また同年一〇月一九日から同年一一月五日までの航海中、約一週間をかけて、一等航海士および甲板長が、甲板にある通風筒など全ての器械を検査し、修理項目をリストアップしたうえ、これをイミアス号の責任者、被告会社の検査員、修繕所の所長が検討を加え、通風筒その他を点検し、同年一一月一一日から同年一二月一九日にかけ、四本の通風筒を含む各部の修理を行なったが、その際船首楼通風筒および本件通風筒はいずれも内側、外側とも良好な状態で修理の必要は認められなかった。なお通風筒に水密性が備っている必要のないことは請求原因に対する認否で述べたとおりであり、水密性がないからといって注意義務の懈怠は問題にならない。

(三) 又昭和五二年一二月二三日、シェンフェゴス港での積荷完了後、イミアス号船長は荒天に備え、船首楼および上甲板にある全ての通風筒の通風弁を閉め、ピンをさして止め、船首楼通風筒の風雨密閉鎖装置をハンドルで締め、全ての通風筒の頭部を帆布カバーで覆い、周囲一インチのナイロン・ロープで二巻きにして堅くしめつけた。

2 海上その他可航水域に特有の危険の存在と運送中の損害発生防止行為

(一) イミアス号では、抗弁1(三)記載のとおり出航時に全ての通風筒の頭部を帆布カバーで被覆固縛したうえ、航海中天候が許せば、乗組員が、船首楼通風筒の風雨密閉鎖装置の締まり具合、全通風筒の帆布カバーの固縛状態を点検し、ゆるんでいれば固く締め直していた。

(二) しかし、イミアス号は、昭和五三年一月二一日午後一〇時頃から同月二三日午前八時頃までの間、低気圧の影響を受け、異常な荒天に遭遇し、最大風力一〇ないし一一におよぶ風、山のようなうねりと波に襲われた。このため船首楼通風筒の頭部は二つとも飛ばされてしまい、他の通風筒にかけた帆布カバーも、上甲板後方にある通風筒にかけられたものを除き、巨大なうねりと強風により全て裂けとんでしまった。

そして、右荒天のため本件通風筒から海水が侵入し、原告主張の汐濡損が生じたものである。

従って、被告は法四条二項により、しからずとしても同条一項により右汐濡損について、法三条一項の損害賠償責任を免責される。

3 荷卸条件の特約

本件貨物の荷卸条件は、F・Oすなわち船内荷役船主無関係の特約があり、運送人たる被告としては、イミアス号を目的桟橋に接岸させ、ハッチを開放して荷受人が積荷を荷揚げできるようにすればよく、後は荷受人側が自己の責任と費用で荷卸しする仕組になっていた。

従って、本件貨物の荷揚げ引渡しに関して被告に責任はない。

4 過失相殺

仮に、前記1、2の抗弁が認められないとしても、本件各船荷証券の所持人たる三菱商事、同社から法律上の地位を承継した明治製糖、更に保険代位により明治製糖の地位を承継した原告らには、左記のとおり損害の拡大につき過失がある。

(一) 二番船艙の汐濡粗糖の海水流入による塩分増加は〇・〇五パーセント(重量比。以下同じ)にすぎず、右船艙の正品中の灰分は〇・四パーセントであるところ、同船艙から採取した三種類の損害粗糖サンプルの灰分は、平均〇・五パーセント、最下部の海水濡部分で〇・七パーセントであるから、含有灰分に関し最下部部分を除いては、通常の精糖工場で予定している粗糖といってよい。

(二) 二番船艙の汐濡粗糖の平均水分は二・三七パーセントであり、濡損粗糖については、野積みしたとしても含有水分は三パーセント以下には落せない。

とするならば、二番船艙の汐濡粗糖のうち、海水につかっていた部分を除く一五五四トンは水抜きの必要もなく、ベルトコンベアで倉庫まで運べる状態にあり、原糖倉庫に、右汐濡粗糖を収納することが可能であった。

(三) 右汐濡粗糖一五五四トンについては、右のとおり水分の含有量が少ないことからバクテリア等が発生する危険は少なく、特に荷卸し艀取りは、一月末から二月初の最も気温の低い時期にかけて行なわれたので、その危険は殆どなかった。

(四) 海水混入による増加塩分は、前記のとおり〇・〇五パーセントにすぎず、これは正常の製造過程において除去されうるものであって、せいぜい精糖率を若干下げるだけであり、また増加塩分が装置に影響を与えることはない。

(五) 従って汐濡粗糖につき、水分が二・三七パーセントの一五五四トンと、水分含有量の多い一番船艙の六六四トン、二番船艙最下部の海水濡れした部分一六〇トンの合計八二四トンを分けて取扱えば、損害品の処理費用は、左記のとおり金二八三二万七三七九円となるにすぎない。

(1) 艀取りのための船内荷役増加分金三七七万八八八七円。

(2) 前記一五五四トンについての精糖率低下を六・一七五パーセントとし、正品価格を原告主張の一トン当り金五万三九三二円として計算すると、精糖率低下による損害は金五〇九万二一二五円となる。

(3) 水分の多い八二四トンの取扱いについては甘槽損害貨物を請負人として水抜きさせ、他に売却処分するか、明治製糖が精製する。

水抜き後の数量約八〇五トン五六を一トンあたり三万円で売却するとすれば、その損害は金一九二七万九四六七円となる。

(4) 溶解による欠減量三・二八〇トンに対する損害金は一七万六九〇〇円である。

右合計金 二八三三万七三九九円

従って被告は、右合計金額以上の賠償義務を負うものではない。

(予備的請求に対し)

5 消滅時効

(一) 本件汐濡粗糖の荷卸しは、昭和五三年二月三日に完了した。従って本件貨物所有者たる三菱商事は、遅くとも右の日には、本件貨物の汐濡損が、被告の行為により生じたものであることを知っていた。

ところが、原告が不法行為に基く損害賠償請求権を主張したのは、右の日から既に三年を経過した後である昭和五六年七月二三日である。

(二) 被告は、本訴において、右時効を援用する。

五  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実について

(一) 同(一)の事実は否認する。

(二) 同(二)の事実のうち、本件通風筒が良好な状態であったことおよび本件通風筒が水密性を必要としないことは否認し、その余の事実は知らない。

本件通風筒は、千葉港入港後の昭和五三年一月二七日には、いずれも内部の錆によりダンパーが「開」の状態のまま固定して作動不能になっていたり、ゴムパッキングが老朽硬化していた。このような状態は、約一か月の航海中に生じたものではなく、キューバ発航以前からのものである。

又鋼船構造規程は、長さ一〇〇メートル以上の船舶を建造する際は、通風筒に恒久的な閉鎖装置を取付けなくともよいことを規定しているのみであり、右規程と特定の貨物運送の際要求される契約上の義務とは別の問題である。

(三) 同(三)の事実は否認する。

2  抗弁2の事実について

(一) 同(一)の事実は否認する。

(二) 同(二)の事実のうち、イミアス号が荒天に遭遇したことは認めるが、その余の事実は否認する。この荒天は、一月二二日六、七時間続いた風力九の状態をピークとするものであり、この程度の荒天は冬場の北太平洋においては、毎月その発生が見られるもので、当然予想されるものである。

従って船首楼の通風筒二個の頭部が仮に飛ばされたとすれば、イミアス号が遭遇したのは、「海上特有の危険」を構成しない通常の荒天であり、十分堅固に建造された船舶なら容易に耐えうるものであったから、イミアス号の強度それ自体に問題があったというべきである。

又仮に上甲板後方にある通風筒にかけたものを除いて帆布カバーが全て飛ばされたのが事実だとすれば、同様にそれは右カバーのかけ方が間違っていたか、又はカバーの強度が不足していたかのいずれかである。

3  抗弁3の事実を否認する。

仮に、F・O条件であったとしても、単に荷卸し費用を荷受人が負担するというだけであり、荷揚げ、引渡についての運送人の責任を免ずるものではない。

4  抗弁4の事実について

(一) 抗弁4の事実を全て否認する。

(二) 明治製糖の専属委託精製工場であった東日本製糖株式会社(以下、東日本製糖という。)が本件汐濡粗糖を引取り精糖することは、次の理由により不可能であった。

(1) 海水濡れによる塩分は、精糖過程において除去されることはないため、東日本製糖の主製品である高級グラニュー糖や医薬向上白糖を生産することは不可能であったこと

(2) 原料粗糖から生産される製品の歩留りが大幅に低下すること

(3) 昭和五三年当時、原料粗糖については、各製糖会社毎に輸入枠が定められており、歩留りが低く、品質の悪い汐濡粗糖により、この枠を埋めることは明治製糖にとって大変危険な取引であったこと

(4) 本件汐濡粗糖が大量でかつ税関の監督を受ける保税品であるところ、東日本製糖としては保管場所も、生産ラインに乗せる設備、人手、能力もなかったこと

(5) 東日本製糖は、明治製糖の外、大日本製糖株式会社の専属委託精製工場でもあり、東日本製糖は両社が買入れた粗糖を区別しないで保管し、生産ラインに乗せる方法をとっており、右両社の協定で明治製糖は、本件汐濡粗糖を東日本製糖の生産ラインに乗せることを禁止されていたこと

(6) 本件汐濡粗糖を引受けるためには、食品衛生法、関税法、関税定率法、砂糖特例法、公害防止条例などに定める種々の手続が必要とされたが、東日本製糖が右手続を履践するのは困難であったこと

又甘槽損害貨物への売却価格は相当なものであって、現に同会社は、本件汐濡粗糖を買受け処分したことにより殆ど利益をあげていない。

(三) 二番船艙の汐濡粗糖一五五四トンについての被告の主張は、東日本製糖が右汐濡粗糖を引取ることができることを前提としており、かつ、信憑性のない分析結果に基くものであるが、これは前記各事実に照らし全く根拠がない。

5  抗弁5の事実は否認する。消滅時効の起算日は、イミアス号船長の証人尋問により、同船長あるいは一等航海士の過失が明確になった昭和五五年一一月七日である。

六  再抗弁(消滅時効の抗弁に対し)

本訴における主位的請求原因事実には、同時に商法六九〇条による請求原因事実も含まれているから、本件訴訟の提起された昭和五四年一月一九日、右時効は中断された。

七  再抗弁に対する認否

本訴提起の日は認める。

第三証拠《省略》

理由

一  主位的請求について

1  請求原因1、2の事実は当事者間に争いがなく、また、《証拠省略》を総合すると、

三菱商事は、キュバッカールから伊藤忠商事を経て本件貨物を買受け、昭和五二年一一月一六日明治製糖に対しこれを売渡したこと、三菱商事は、被告が発行した本件各船荷証券をキュバッカール、伊藤忠商事を経て取得し、その最終所持人の荷受人としてイミアス号が千葉港に入港した昭和五三年一月二四日、被告の代理店である泉和海運に右各船荷証券を呈示し、その交付と引換えに船積のまま本件貨物の引渡を受けたこと、イミアス号は同月二七日千葉港内の東日本製糖工場の岸壁に繋留され、上甲板の各艙口のハッチカバーが開けられて、一番、二番船艙に多量の海水が侵入し、同船艙内の本件貨物が一部泥化あるいは固結化するなどの汐濡損を蒙っていることが発見されたこと(この点は当事者間に争いがない。)、本件貨物は、同日頃三菱商事から明治製糖に引渡され、右同日から汐濡を蒙っていないいわゆる正品は明治製糖の専属委託精製工場である東日本製糖の倉庫にコンベヤーで揚荷され、汐濡粗糖は三菱商事が正品としての受領を拒否したことから、保険事故として明治製糖との関係で保険会社となっていた被告の手で処分されることになり、甘槽損害貨物に本船舷側艀渡の条件で売渡され艀に揚荷されたこと、右揚荷役は荷主側、船主側双方の検査員等立会の下に行われた結果、一番艙は全量、二番艙は一部濡損と認められ、二番艙揚荷の際は出来るだけ正品として揚荷するよう仕訳されたこと、なお、甘槽損害貨物に対する本件汐濡粗糖の売買契約において売渡重量は陸揚実貫による正品換算重量とすることが約されたことにより、右汐濡粗糖の陸揚の際濡重量が計量された結果、一番船艙のものは六六四トン四〇五二、二番船艙のものは一七一三トン九七七四であったこと、又含有水分はサンプルをとって分析された結果、一番船艙のものが平均水分八パーセント、二番船艙のものが同二・三七パーセント、正品のものが〇・七八パーセントと決定され、計算上正品換算重量は一番船艙のものが六一六トン〇五八、二番船艙のものが一、六八六トン五一〇、合計二、三〇二トン五六八となること、又貨物送り状記載の貨物重量は一一、四三三トン六三五であるところ、キューバ積原糖の航海による通常の欠減率は〇・一五五パーセントであるから通常揚荷されるべき重量は一一、四一五トン九一三となるが、実際に揚荷された重量は一一、四一二トン六三三(本件貨物のうち正品の実貫九、一〇九トン〇一五と本件汐濡粗糖の前記正品換算重量および揚荷の際における欠減量一トン〇五〇の合計)で三トン二八〇不足すること、この不足分は本件のような海損の場合通常海水濡れにより粗糖が溶解し船艙外に流出したものとして取り扱われていること、従って汐濡損を蒙った本件貨物の重量は、右欠減粗糖と本件汐濡粗糖の正品換算重量を合わせ合計二三〇五トン八四八となること

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

2  被告の責任

(一)  海水侵入の個所と原因

《証拠省略》によれば、先に認定のとおり海水濡れが発見されたことから、その原因等究明のため、発見当日の昭和五三年一月二七日に直ちに荷受人側と船主側双方の海事鑑定人が乗船して調査が行われたが、問題の一番、二番船艙のハッチカバーには海水侵入の原因は見当らなかったこと、しかして下艙のみに粗糖が撒積みされていた一番艙の上甲板艙口内側や中甲板の艙口、貨物等には明らかな海水濡れの跡は見当らなかったが、その中甲板の左舷後方に存する高さ約一六〇センチメートル(船首楼と上甲板船橋前部に備えられた一二個の通風筒の中では最も低い)、外円周約一九〇センチメートルのマッシュルーム型の帆布カバーで被覆されていない通風筒(本件通風筒の一つ)のダンパー(内蓋)が「開」の状態になっていて、その筒の内側に海水の侵入による濡れ跡を示す新しい錆が発生しており、右通風筒の真下の中甲板にあるトレミングハンチの開口部には蓋がなく、下艙の撒粗糖が右開口部側の上部積付面積約三分の二の広さで糖密状を呈し濡損していたこと、そして右通風筒のダンパーは開閉可能であるが、錆と手入れ不十分のため密閉不能で右ダンパーを受けるゴムパッキングも老朽硬化し水密性はなく、ハンドルや止めピンも脱落していたこと、なお一番艙の下艙前部には、直接船首から通ずる二つの船首楼通風筒があり、その頭部の笠がなくなっていて、その開口部直下部分の粗糖が一部固形化し濡損状態となっていたが、この部分の濡損量は少く、そして右通風筒の通風弁は、耐老化性ゴムが付いて風雨密となっていたうえ「開」の状態にはなく、その開口部付近に海水侵入による濡れ跡や新しい錆が認められなかったこと、従って右通風筒の開口部直下の粗糖の濡れ跡は荒天(その規模の点は争いあるが、イミアス号が荒天に遭遇したこと自体は当事者間に争いがない。)による船の縦ゆれによって本件通風筒から侵入し滞留していた海水が跳ねて出来た可能性が大きいこと、二番船艙には中甲板と下艙の間にハッチ蓋をしない状態で中甲板まで粗糖が満載され、上甲板艙上縁材内側に多少の海水の濡れ跡が見受けられたが、その量は極めて少く、右船艙の前方に位置する本件通風筒のうち二番船艙右舷側通風筒の下方開口部付近の粗糖が歴然とした海水濡れの状況を呈しており、しかも右通風筒は一番船艙の本件通風筒と同型で、帆布カバーによって被覆されておらず、そのダンパーも軸も軸受が錆のため固着し「開」の状態で作動不能になっていて右ダンパーを受けるゴムパッキングも老朽硬化し水密性を有しないうえ、ハンドル止め金、止めピンも脱落していたこと、一番艙、二番艙とも他に海水侵入の個所は見当らないこと

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

右認定の事実によると、本件の海水侵入による汐濡は被告主張のように被覆固縛していた帆布カバーが荒天によって飛ばされたか否かはさておき、後記認定の荒天の際、連続的にイミアス号の甲板上を襲って冠水した海水が、帆布カバーで被覆固縛されていないうえ、水密性はなくダンパーも開いたままになっていた本件通風筒から侵入したことによって発生したものということができる。

(二)  堪航(貨)能力の有無

(1) 本件通風筒がダンパーの軸受け等の錆により作動不能になっていたり、ダンパーを受けるゴムパッキングが老朽硬化して水密性を有していなかったことは前項認定のとおりである。

(2) 被告は、抗弁として、本件通風筒はもともと構造上水密性を備える必要はないから、この点の法三条一項による堪航能力についての注意義務懈怠はないと主張するので判断するに、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

そもそも通風筒のダンパー等通風弁は空気の出入れを調節するための装置であること、鋼船構造規程三九八条二項によれば、満載喫水線規則に定める船の長さが一〇〇メートル以上あるときは、閉鎖装置を通風筒の近くで容易に近寄り得る場所に格納していれば常設の風雨密装置をとりつける必要はないものとされているところ、イミアス号はその長さが一四三・七〇三メートルあり、かつ風雨に備え閉鎖装置として帆布カバーが用意されていた(昭和五二年三月三一日に一二個の帆布カバーが調達されている。)こと、なお風雨密とは風雨が侵入しないようになっていることで海水の打込みに完全な水密でなくても問題とされないこと、本件通風筒はマッシュルーム型と呼ばれる種類のものであるが、この型の通風筒には、風雨密装置を備えているものと備えていないものが存在するところ、本件通風筒の通風弁であるダンパーは縦中央の軸を中心に開閉するようになっていて、裏表とも半円部分についてのみ、緩衝材としてのゴムパッキンがついているだけであるのに対し、同じくマッシュルーム型通風筒である船首楼通風筒には、通風弁が二つあり、このうち頭部側の通風弁には耐老化性ゴムがつき、これにより風雨密となっている(従って全部の通風筒に帆布カバーを用意する必要はない。)こと、

以上の事実を認定することができ(る。)

右認定の事実によれば、本件通風筒は、もともと構造上水密性はもとより風密性を備えている必要はなく、それに代るものとして風雨に備えて帆布カバーが用意され、当船舶の堪航能力はそれで十分なものとされていたのであるから、前認定のようにダンパーの軸受けが錆で開閉が不能になっていた等整備不良の状態があったとしても、そのことから直ちに堪航能力を欠いていたということはできず、従って又この点で堪航能力についての注意義務を怠ったということにもならない。

そして、もう一つの海水侵入の原因となった本件通風筒に帆布カバーによる被覆固縛がなされていなかった点も、右説示から明らかなように、これを発航時までにしなかったとしても堪航能力を欠くことにならないというべきであるから、結局その被覆固縛を実際にしたかどうかの点を含め、被告の堪航能力に関するその余の主張について判断するまでもなく、本件の汐濡損は、被告が堪航能力についての注意を怠ったことによって生じたものではないということができる。

(3) そうすると、法五条一項三号に基く原告の請求は理由がないといわねばならない。

(三)  運送品に関する注意義務の懈怠の有無

(1) 先ず、被告が抗弁として主張するように、イミアス号の遭遇した荒天が、法四条二項一号の「海上その他可航水域に特有の危険」に該当する異常な荒天といえるかどうかについて判断するに、右「海上特有の危険」とは沈没、坐礁その他通常堅固な船舶が耐え難い程の予期出来ない異常な波浪等を伴う荒天をいうものと解すべきところ、《証拠省略》によれば、イミアス号は昭和五三年一月一一日から同月二三日までの間度々荒天に遭遇したが、その中同月二二日午前八時からの六時間余りが最大であったこと、この際の荒天は北海道南東海上に急速に発達した中心気圧九六〇ミリバールまで低下した低気圧の影響によるものであったが、イミアス号は一、〇〇〇ミリバールの等圧線の外側を航行しており、風速は四五ノット(風力九)、波高は九メートル前後であったこと(もっとも最大瞬間風速は六八ノット(風力一二)、最大波高は一四メートル前後あったと推測されている。)、しかし右程度の風力や波高は冬期の北太平洋では一、二度あり、決してめずらしくなく、当然予期しなければならない範囲の荒天であること、右荒天による強風と波浪のため、船首楼通風筒の頭部笠が脱落していたうえ、船首楼前端の旗竿が曲損しており、そのほか甲板上の各装置や金具類も所々曲損等したため千葉港入港後修理していること、しかし右船首楼の笠はネジ棒が折れた程度でありそのほかの損傷個所も必らずしも荒天のみによるものといえないものも多く、その損傷の程度も概して軽微であったこと

以上の事実を認定することができ(る。)《証拠判断省略》

右認定の事実によれば、イミアス号の遭遇した荒天は、かなり激しいとはいえ未だ「海上特有の危険」に該当するとまではいえないというべきである。なるほど《証拠省略》によれば、イミアス号が荒天に遭遇した近海は、昭和四四年以降やはり冬場にぼりばあ丸(三三、七六八トン)などの大型船舶が計八隻船体折損などで沈没するなどしたため魔の海域といわれていることが認められるが、その遭難の原因は必らずしも明らかでなく、気象条件もイミアス号と同じであることの証拠もないから、右判断の妨げとならず、他に右荒天を「海上特有の危険」に該当すると認めるに足りる証拠はない。

そうすると、被告は、本件貨物の損害防止につき注意を尽したことを立証しない限り、法三条一項の責任を免れ得ない筋合となる。

(2)(イ) そこで、イミアス号発航時から本件通風筒に帆布カバーを被覆固縛し、航行中もそれを点検するなど注意を尽したが、荒天のため帆布カバーが裂け飛んでしまった旨の被告の主張について判断するに、イミアス号の三番、四番ハッチの間にある左舷側一五番通風筒の写真であることに争いのない《証拠省略》によると、千葉港入港当時、同船の右写真の通風筒に帆布カバーが被覆固縛されていたことが認められ、前掲証人グェレロは同船の二〇ある通風筒全部に帆布カバーをかけたが、右一五番通風筒のカバーだけが飛ばされずに残存した旨証言し、《証拠省略》もこれに符合している。

(ロ) しかしながら、前項認定の事実に、《証拠省略》を合わせると、イミアス号の通風筒は全部で二〇あるところ、問題の航海の九か月前の昭和五二年三月三一日に一二個の帆布カバーが調達されているにすぎないこと、荒天による強風と波浪で、帆布カバーが裂け飛んだとすれば一番、二番船艙以外の船艙にも海水の侵入がみられるはずであるが、それがみられないこと、そもそも荒天に備えて帆布カバーを固縛するのであるから、前記一五番船艙以外全部が吹きとばされ、一五番船艙の帆布カバーのみが残るということは通常ありえないこと、イミアス号の遭遇した荒天は前項認定のとおりでそれによる船具等の損傷は全体として軽微であって、帆布カバーが殆ど裂け飛ばされる程の損傷ではないこと、イミアス号の船長グェレロは、昭和五三年一月一七日、海事鑑定人の前記関矢から調査を受けた際、帆布カバーは上甲板に出るのに危険なためかけなかった旨弁解したが、荒天でかけていたカバーがとばされた旨の弁解をしなかったこと、また、右船長は、その三日後の同月三〇日には、帆布カバーをかけたが荒天で裂けて飛び海水に落ちたと前言を訂正したこと、しかし、飛ばされたと称する帆布カバーや固縛したロープの残部は同船上に全く残っていなかったこと、以上の事実が認められる。

(ハ) 右認定の事実に照らすと、前記(イ)掲記の各証拠は前記(ロ)掲記の各証拠に照らして俄かに措信し難く、また前記一五番通風筒に帆布カバーが残っていた事実から直ちに本件通風筒にも右カバーを被覆固縛されていた事実を推認することは難しく、他に被告の前記主張を肯認するに足る証拠はない。

却って、右認定の事実によれば、イミアス号乗組員は本件通風筒が水密性はもとより風密性がなく、ダンパーが開閉不能等の整備不良の状態にあるのに荒天に備え帆布カバーを被覆固縛しなかったと推認される。仮に、一歩を譲って荒天前に本件通風筒に帆布カバーを被覆固縛したと推認しても、その固縛の仕方が不十分であったといわざるをえない。

そうすると、被告は、本件貨物の運送において到底、注意義務を尽したとは認めることができないから、本件汐濡損について、法三条一項による運送品に関する注意義務違反を理由とする損害賠償責任を免れることはできないといわなければならない。

3  損害

(一)  本件汐濡粗糖および欠減粗糖の損害額について

(1) 運送品の一部滅失又は毀損の場合における損害賠償額は、その引渡の日における到達地の価格によって定めるべきところ(法二二条二項、商法五八〇条二項)、本件貨物の引渡のなされたのは昭和五三年一月二四日であること前記一1認定のとおりであり、《証拠省略》によれば、右引渡日のキューバ産遠心分離粗糖の正品価格は、日本に現物取引市場がないのでロンドンにおけるその取引相場によると一トン当り一一四ポンド(保険料、運賃込み)であったこと、同日の一ポンドは当日の交換レートにより日本円に換算すると金四七三円一〇銭であったこと、そしてキューバからロンドンまでの運送賃より、キューバから日本までの運送賃の方が高いから、到達地たる千葉における価格は、右ロンドンにおける価格一トン当り金五万三九三三円四〇銭を下らないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

被告は、一トン当り金四万一〇二七円五六銭と主張するけれども、それは引渡日たる同年一月二四日ではなく、同年一月全体の平均をとったものであり、右主張を採用することはできない。

そうすると、本件汐濡粗糖および欠減粗糖を正品に換算した重量が二三〇五トン八四八であることは前記一1認定のとおりであるから、右粗糖が正品として三菱商事に引渡されていたとすれば少くとも金一億二四三六万二二二二円の価格を有していたということができる。

(2) 前記一1認定の事実に《証拠省略》によれば、本件汐濡粗糖は原告によって海損等の損品の専門処理業者である甘槽損害貨物に本船舷側艀渡の売渡条件で売渡されたが、その代金は金一六六五万三二〇二円であること、右売渡価額は後記(五)で認定したとおり相当であったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

しかして前記本件汐濡粗糖と欠減粗糖の正品換算価格一億二四三六万二二二二円から右売却価格を差引くと金一億〇七七〇万九〇二〇円となる。

(二)  特別荷役費用について

(1) 《証拠省略》によれば、本件汐濡粗糖は海水濡れの程度の著しいものがかなりの量あるうえ、正品と損品を艙内で仕訳するなど揚荷役が容易でなくそのため特別作業員を手配し、又日数も余分にかかったことから、本件貨物が全て正品の場合の揚荷役なら金九〇万九八三三円の費用で済むところ、金四六八万八七一八円を要し、その差額金三七七万八八八五円余分に右費用を要したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(2) ところで、法二〇条二項、商法五八〇条二項は、運送品に関する注意義務違反を理由とする法三条一項による損害賠償請求の賠償額を定型化し、正品価格と一部滅失又は毀損した状態における価格との差額をもってその賠償額とすることを定めたものと解されるから、原告が本件汐濡損によって右特別荷役費用を要したとしても直ちにその費用の賠償を請求することは許されないところであり、右商法五八〇条二項を根拠とする原告の特別荷役費用についての請求は理由がない。

(3) しかして、右費用は、商法五八一条により右汐濡損につき被告に悪意又は重大な過失があった場合に限り損害賠償を求めることができるところ、イミアス号の乗組員は、本件通風筒が水密性はもとより風密性もないうえ、ダンパーが「開」の状態になっているのに荒天に備え帆布カバーを被覆固縛しなかったこと、または、仮に被覆固縛したとしても、荒天に備えるに充分でなかったこと前記一2(三)認定のとおりであり、右事実によれば被告の履行補助者である船長外の右乗組員に重大な過失があったというほかなく、商法五八一条に基づき右費用についても、被告に損害賠償責任があるというべきである。

もっとも、原告は、本件通風筒に水密性がないのに出航した点に悪意又は重大な過失がある旨主張するにすぎないけれども、その前提として本件通風筒に帆布カバーを被覆固縛しなかったことが本件汐濡損の原因の一つと主張しているのであり、弁論の全趣旨に照らし、右主張の中に帆布カバーの点についても悪意又は重大な過失がある旨の主張を当然含むものと解することができる。

(三)  鑑定費用ならびに裁判管轄合意書および保証状取得費用について

仮に、原告が右費用を要したとしても、それは証拠収集あるいは権利保全のために要した費用であることが、その主張自体から明らかであり、そうだとすると右費用は、運送品に関する前記債務不履行によって通常生ずる損害とはいえず、相互の間に相当因果関係があるということもできないから、被告に右費用の損害賠償責任はなく、従って右費用の損害賠償を求める原告の請求はその余の点について判断するまでもなく失当であるといわねばならない。

もっとも原告は、被告代理人スチームシップとの間に右各費用の負担について合意があった旨主張するが、成立に争いのない右スチームシップの作成した保証状である《証拠省略》には、当事者の合意又は確定判決により定まった金額を支払う旨記載しているのみであり、他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はなく、従って右主張は理由がない。

(四)  ところで、被告は抗弁としてF・Oすなわち船内荷役船主無関係の特約があったと主張する。右主張の趣旨は必らずしも明らかでなく、もし荷役について被告が注意義務を負わない旨の特約の存在を主張する趣旨であれば、本件では右注意義務が問題となっていないから無意味な主張であるが、本件汐濡損のため余分に要した特別荷役費用は被告の負担としない旨の特約の存在を主張するものとすれば、右主張に符合するかにみえる《証拠省略》は、《証拠省略》の本件各船荷証券上にその記載がないことに照らし信用することができず、他に被告の右主張事実を認めるに足る証拠はない。

従って右抗弁は理由がなく採用できない。

(五)  そこで、次に本件汐濡粗糖の処理に関しその損害の拡大について三菱商事、原告等に過失があった旨の被告の過失相殺の抗弁について判断する。

(1) 《証拠省略》によると、砂糖の精製とは原糖から灰分等の不純物を除去し蔗糖と糖蜜を経済的に生産することをいうものであることが認められるところ、国際砂糖コンサルタントの作成した鑑定意見書というべき右乙第七号証中には、本件汐濡粗糖のサンプルの分析結果である《証拠省略》の資料に基き、被告の主張に沿う方法で本件汐濡粗糖を精製し処理することが可能であり、本件汐濡粗糖の売却価額は安価過ぎた旨の記載があるが、前記一1認定の事実ならびに《証拠省略》に照らすと、右分析がなされたのは本件汐濡損発生後三年半も経過した後のことで濡損直後の分析結果に比し含有水分が著しく減っているなどの変質が認められるから、このような分析結果を前提とするのは相当でないこと、又同号証中の増加塩分に関する記載部分は、汐濡粗糖の濡重量と正品重量の差が海水による増加であるとの前提に立ち、右増加重量に海水の塩分濃度を乗じて計算しているが、水分の蒸発による濃度の増加を全く考慮していないこと、その他《証拠省略》に照らすと、乙第七号証の記載は俄かに措信することができず、他に被告の右主張を認めるに足る証拠はない。

(2) かえって、《証拠省略》によれば、次の事実を認定することができる。

(イ) 海水濡による増加ナトリウムは、R―H型強酸性カチオン樹脂によれば除去できるが、砂糖精製過程で用いられているのは脱色目的のR―cl型強塩基性アニオン交換樹脂であるためこれによってナトリウムは除去できず、また増加塩素分を清浄過程で除去する方法もなく、正品を用いていても、日本薬局方に定める硝酸銀テストにぎりぎり合格できる状態のため汐濡粗糖を用いて医薬品向上白糖を作ることは不可能であり、加えて、水濡れによる微生物の繁殖、それによる異臭の発生(この異臭は精製過程では除去されない)により歩留が低下し、そのため精製費用が高くなること、

(ロ) 従って、汐濡粗糖と正品は別に扱うことが望ましいが、本件粗糖を三菱商事から買受けた明治製糖の専属精糖工場である東日本製糖では本件汐濡粗糖を正品と区別して保管する場所がなく、また正品と区別して製造工程に乗せる方法もなかったこと、それに明治製糖とともに右工場を専属委託精製工場としている大日本製糖株式会社との間の協定で、明治製糖は汐濡粗糖を生産ラインに乗せることを禁止されていること、現に、本件汐濡粗糖の最終的引受先の一つである東洋製糖では、汐濡粗糖精製する間、グラニュー糖の製造を中止せざるを得なかったこと、

(ハ) また本件汐濡粗糖が陸揚げされた当時、砂糖特例法によって一社当りの輸入枠が定められていたため、品質の悪い汐濡粗糖によりこの枠を埋めるのは、精糖会社にとって極めて不利益となる結果、本件汐濡粗糖を買受けた甘槽損害貨物は、当初右粗糖の引受け先がないため、各所に奔走し、結局、農林省が東洋製糖等六社に対し、右枠についての特例を認め、売却の斡旋をしたことからようやく売却することができたこと、なお、右六社は、水切り後の本件汐濡粗糖を原料に、グラニュー糖や上白糖等を製造したが、いずれの会社も、多いところでは正品一〇に対し一の割合で混合し、混合率の少ないところでも歩留りがかなり低下したこと、

(ニ) 本件汐濡粗糖は、水切り、数量の把握、保管などのため袋詰めする必要があったうえ、食品衛生法四条に違反する輸入品であったことから、そのことを示す赤札を各袋に取付ける必要があったが、本件のような大量の汐濡粗糖につき右のような処理をなしうるのはその専門業者である甘槽損害貨物以外なかったこと、同社は、本件汐濡粗糖を前記のとおり六社に売却したが、この間の金利、人件費等を考慮すれば、本件汐濡粗糖を買取ったことによる利益はほとんど出なかったこと

以上の事実を認定することができ、右認定の事実によれば、本件汐濡粗糖が甘槽損害貨物に売却されたのは最善の処置であったというべきであり被告の右抗弁は理由がなく、採用することができない。

(六)  以上検討したところによれば、結局被告は、荷受人たる三菱商事に対し、運送品たる本件貨物についての債務不履行責任として法三条一項、同二〇条二項、商法五八一条に基づき、本件汐濡粗糖と欠減粗糖の正品換算価格と本件汐濡粗糖の売却価格の差額である金一億〇七七〇万九〇二〇円および本件汐濡粗糖のため余分に要した特別荷役費用金三七七万八八八五円の合計金一億一一四八万七九〇五円の損害賠償義務を負い、三菱商事は右損害賠償請求権を有するということができる。

4  三菱商事の右損害賠償債権に対する遅延損害金の取得

三菱商事が被告の代理人泉和海運に対し昭和五三年一月三一日までに到達した書面により本件貨物汐濡損を蒙った事実を通知したことは被告の自認するところ、《証拠省略》によれば、三菱商事は右通知をなした書面で泉和海運に対し、汐濡損の詳細を確認したときに、その損害賠償を請求する権利を留保する旨通知した事実が認められるから、原告主張のように、被告は、三菱商事に対し前記損害賠償金の外に、これに対する昭和五三年二月一日から後記のとおり三菱商事が右賠償金を明治製糖に譲渡した日までの、商事法定利率相当の年六分の割合による遅延損害金を負担するに至ったというべきである。

5  原告の損害賠償請求権等の取得

三菱商事が昭和五三年七月二一日到達の書面で被告に対し本件汐濡損による前記損害賠償請求権全てを明治製糖に譲渡した旨通知したことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、《証拠省略》を合わせると、三菱商事は明治製糖に対し、昭和五三年一月末頃右損害賠償請求権およびこれに対する前記遅延損害金を譲渡したこと、および原告の請求原因10の事実を各認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、原告が三菱商事の有していた前記損害賠償請求権等および明治製糖の取得後の遅延損害金を明治製糖を経て保険代位により取得したものということができる。

なお、被告は、原告が明治製糖に対し保険金を支払った昭和五三年三月二四日当時三菱商事から被告に対し未だ損害賠償請求権譲渡はなく、又被告が右譲渡の承諾をしたこともないから、保険代位によって原告が右損害賠償請求権を取得するいわれはないと主張するが、前記認定のとおり、明治製糖は原告との間に本件キューバ産粗糖の海上運送に関し発生する損害につき保険契約を締結したが、右保険事故が発生し、被保険者明治製糖が三菱商事から、同商事が右保険事故により取得した被告に対する損害賠償請求権等を取得したので、原告は明治製糖に対し保険者として右保険金を支払ったものであるから、仮に被告主張のような事実があったとしても、保険代位の効力を否定できるものではない。

二  予備的請求について

本件は両立し得る請求の予備的併合の場合であり、被告は主位的請求による損害の一部でも認容されない場合は予備的請求としてその部分の判断を求めていることが明らかであるから、主位的請求により認容されない鑑定費用ならびに裁判管轄合意書および保証状取得費用について不法行為に基く損害賠償を求める予備的請求の当否について判断するに、仮に原告主張の不法行為の成立が認められるとしても、右費用と右不法行為との間に相当因果関係を認めることができないから、その余の点について判断するまでもなく、右請求は理由がないことが明らかである。

三  仮執行宣言の申立に対する訴訟上の主張について

被告は仮執行不許の特約があったと主張するが、本件全証拠によるもこれを認めることができないから、右主張は採用できない。

四  結論

以上の次第で、原告の主位的請求は、金一億一一四八万七九〇五円およびこれに対する前記濡損の通知をした日の翌日である昭和五三年二月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、右棄却部分についての原告の予備的請求も理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九八条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山口和男 裁判官 佐々木寅男 裁判官丸地明子は職務代行を解かれたため署名捺印することができない。裁判長裁判官 山口和男)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例